Canadian Wood

Wednesday, December 06, 2006

なぜ男はきれいな女がすきなのか2

親しい友人から強烈なコメントをもらったので、日本語で答えましょう。

僕個人の率直な希望をいえば、できれば、CHINESE AMERICANと結婚したいなぁ、とおもっちゃったりします。もちろん希望なのだけれども。今、僕は中国語を勉強したいという気持ちがすごく強いし、アメリカ人と結婚するとアメリカ国籍を簡単に取れる。あるいは、北米の女性は、全般的に見て自立して魅力的だなぁとも、感じたりもします。

君もご存知だろうけれど、僕は白人が大好きなのですよねw ただ、白人ともなると、ほぼ不可能な領域なのですよ。日本人の女性となると、本当に人気があるのだけれども、日本人の男性ともなると誰も見向きもしない(わかっていたけれど、再確認)w 理由は簡単で、要は、鏡を見れば一発で分かるわけです。やっぱり見た目では圧倒的に白人、ラテン系にはかなわないと。

僕の友達にジュニアという名のメキシコ人がいるのだけれども、それはそれはカッコいいですよ。日本ではこんなにカッコいいやつに会ったことはない。僕からすれば、トムクルーズとほとんど同じ。身長は185くらいあって、スタイル抜群。アジア系の女は一発で、彼いわく、「アジア系は簡単すぎる」との話w 問題なのは、彼見たいのが、路上にゴロゴロしているんですよねw

また、トロントという町でさえ、アジア系に対する差別はリアルに感じます。北米はやはり白人の国なので、アジア系はどこまで行ってもマイノリティー。こういった感覚から、いくら国際結婚とはいえ、アジア系が現実的かなぁ、と思ってしまいます。

話がかわるけれど、日本と北米で決定的に違うことは、良い意味でも悪い意味でも、「男女平等」を徹底することです。MAの意味って日本とアメリカではぜんぜん違って、MAがないと話にならないみたいな文化はかなり痛烈に感じます。そして、女性は男性と同様に、キャリア志向が高いから(そもそも経済的に自立しないと、話になりませんよね?)、女性も積極的にMAを撮りにいきます。ですから、たとえば、トロント大学の講義をのぞいてみると、MAレベルでも、クラスには男性と女性がほぼ同数います。

大学側もかなり気をつかっているみたいで、1ヶ月前ほどに出席した北米でのMBAコンファレンス(IVリーグの大学も出席)は、DIVERSICATION(多様性)にすごく気を使っているようです。女性だけではなく、黒人やアジア系を一定数とるとか、そういった配慮というのは、すべての領域に対して徹底しているように思います。ただ、白人系は、「逆差別」をうけているような感覚をうけるみたいだけれどね。

ほかにも理由があるのだけれども、こういった理由から一般的に男だから稼ぐとか、女だから稼がないとか、そういった発想というのは、日本に比べて圧倒的に希薄であると感じます。


またまた話が変わるけれど、ここに来る前は、30になるまでは、金の亡者になるつもりでした。つまり、若いうちに稼いで稼いで稼ぎまくろうと。まったく遊ばずにねw ただ、よく考えてみると、パートナーさえうまく選べば、そういったことなんてする必要がないんですよね。そして、そういった選択を女性は割りと懸命にしている。僕はそう感じました。

昔から、「かわいい子」が大好きな僕なわけで、今はそんな自分が大嫌いなのだけれども、韓国人と話すことを通して、もっと嫌いになりました。野郎がかわいい子が好きだから、女の子がどんどん整形していくんですよ。かわいくないと、就職も大変だったりする。僕は、「韓国社会はおかしいぞ」と思うと同時に、そういった一面を自分の中にも見出しちゃったりして、「今にもゲロを吐き出しかねない」といったような気持ち悪さをリアルに感じちゃいました。

ただ、村上龍いわく、僕がゲイにならないかぎり、この悩みは消えないみたいだし、僕はゲイにはなれないことは、この国に来て本当にわかったし(この国はゲイがいっぱい!僕の英語の先生は、ドイツ人とカナダ人のハーフの白人で、彼は思いっきりゲイw)。

また、(本当はこんなことは書きたくないのだけれども)、「かわいい」といか、「きれい」とかいった要素も立派な才能のようにも感じます。日本全般には、「がんばれば夢はかなう」みたいな幻想があるけれど、そんなことはないんですよね。世の中には僕みたいに頭が悪い人間もいれば、本を一回読めばすべて頭に入っちゃうような人間もいる。

たとえば、僕は今、英語をがんばっているのだけれども、10歳くらいから北米で生活して、4~5年北米の生活を経験した日本人には、英語では絶対に勝てないという確信があります。発音はまったく違うし、第一、発想、感覚自体がまったく違うのです。僕は、それに対して、強い不公平感を抱くのだけれども、結論的に見れば、僕は彼には勝てないわけです。ですから、たとえば、企業が「能力が高い人材をもとめる」とすれば、僕はお話にならないわけです。

僕の言いたいことは、世の中、自分の能力あるいは意思だけでコントロールできることはたかが知れているということです。世の中には努力ができない人もいれば、記憶力が悪い人もいる。数理的能力が高い人もいれば、言語能力が高い人もいるのだよね。そして、その能力は、今の僕の率直な意見からすれば、「うまれつき美しく生まれてた女性」と同等の意味で、「優れた能力」を抱えているのだと思います。そういった意味では、「論理的」には、「知的な女の子がすき!」ということと、「かわいい女の子が大好き!」ということは、おんなじということになるわけです。

更に厄介なのは、今の社会は「僕らが望むところに金が回る」ように設計されているから、必然的に美人に金が回る。いくら、僕が「美人に鼻の下をのばす人種は野蛮だ!」と叫んだところで、社会はまったく変わらないし、第一、僕もそういった野蛮な人種の一員だったりもします。

21~22歳くらいのことは、物事をシンプルに考えて、「こいつは悪い!」とか、「こういう考え方は正しい」といった割とクリアーな考え(ナイーブな考え)を持つことができました。でも、今は、僕は頭が悪いことはわかっちゃったし(当時からわかっていたけれど)、世の中、簡単には変わらないこともわかってしまった。軟派なフランスかぶれみたいに「脱構築すればいい!」ともいえないし、残念ながら経済学はこういった悩みには答えてくれそうにありません。

そんなわけで、悩みは尽きない忍者であります。

あらためて確認だけれども、この日記は半分以上冗談で書いているので、半分以上割り引いて読んでくださいねw 

PS

歌詞の翻訳は中毒性があるほど楽しいです。BANK BANDの「TO U」、東京事変の「群翔日和」、KOKIAの「歌う人」、奥華子の「恋つぼみ」を翻訳します。あなたは英語ができるので、チェックをしてください。あと、基本的に僕の翻訳にはネイティブチェックが入っていると思ってください。

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