形になる仕事
http://www.youtube.com/watch?v=WV8nsX1pdJg
さて、ようやくYOUTUBEに現れました。どうでしょうか? 友達は、「もっと金をかけろよ」といっていますw 僕自身、思い入れがあった曲をアルバムからカットということで、期待していたのですが、なんともがっかり。オリジナルはピアノと声だけなのですが、シングルカットは割と音が多いのです。それがいい感じで曲の持ち味を破壊しておりますw (お、「そもそも、そんなものはねぇよ」という声も聞こえてきましたw)
売るつもりでこういう仕上がりにしたつもりでしょうが(果たして売れるのだろうか?オリコン初登場は41位らいい)、僕としては、いやはや、まったく不満が残る一品です。
さて、話をがらっと変えましょう。上記の曲を楽しみながら、よんでいただければと思います。
最近僕がおもうこと。それは、僕が社会人になることを数年伸ばしたため、「見えなかったもの」がいろいろと見えてきたなぁ、ということです。
大学への入学とは違って、就職ともなると、それぞれがそれぞれの道を歩んでいます。選択肢はそれこそ無限数あるため、親しかった友達がまったく違った生活を送っていたりする。その一つ一つがすごく新鮮で、勉強になることが多々あります。
中には、週120時間以上働いているやつもいます。体力がない僕としては、「よく続くなぁ」と思うと同時に、「本当にこれをこいつは続けられるのか?」といった心配すらすることさえあります。
その中でも、「こいつは!」というやつ。そいつをちょっとだけ紹介しようと思います。
彼と付き合って、どれくらいたつでしょうか。数え切れない時間を彼と過ごしたわけですが、彼は、僕がきっと「親友」と呼び合える数少ない友人の一人といってもよいと思います。
彼は、昔から笑いが好きで、僕は彼から笑いのすべてを学んだといってもいいでしょう。「こうすれば人は笑うんだよ」とか、「この番組のここが新鮮なんだよ」とか。一般的なことから、かなり技術的なことまで幅広く学んだような気がします。
そんな彼とのやり取りの一部を紹介しましょう(しかし、無許可ではあるw)。
思えばあっという間に終わっちまった夏。
今まで経験したことのないプレッシャーの中で戦ってました。
「これが仕事なのか?これが社会人なのか?これも青春なのか? 今の自分カッコイイか?モテるか?」
そんな自問しながらの日々。 マジで死ぬほど忙しかったけど、 きっと減った体重分ぐらいは成長できた一夏でした
さて九月に入り、家に帰るのが今日で五日目という 笑えないギャグみたいな生活が続いて半年以上経ちました。
半年で何か変わったかと言われればNOです。
相変わらず、相変わらずです笑
相変わらずバカだし、相変わらずいろんな意味で小さい。
相変わらず笑いの現場に笑いはないし。 相変わらず名言ですよ笑
彼は、なんと「内村プロディース」をつくったメンバーと一緒に仕事をしているのです。「内P」とは、究極の番組で、「これでボケろ!」と振って、マジで笑いをとるような恐ろしい番組です。
当然製作チームも恐ろしいわけで、事実いろいろな意味で恐ろしいw この文章は9月の末に書かれたわけで、9月で家に帰ったのは5回ですか。その仕事の恐ろしさ。想像することができます。
そんな彼も、昔はこんなことをかいていました。
仕事始めてそろそろ3ヶ月が経ちます。
結構な現場を経験しました。
結構な仕込みをこなしました。
結構な編集につきました。
結構な芸能人に会いました。
それらがどれだけ人生の糧になってるのか果てしなく疑問。
とは言え実際はミスばっか笑 責任感が足りなすぎるんですって。
まだまだ社会人になりきれません。
ってか社会人って何? 今日までに休日は3日だけありました。 オール爆睡でした笑
ここまでくるともはや超人のレベルとさえ感じます。面白いのは、かれは、体力がないことで有名だったのですよね。僕以上に痩せているヤツで、大学時代は、「基本は8時間!」と豪語しているようなキャラでした。
それが6月までに休みは3日。大切なことは、彼の仕事は3月から始まっているのですねw
そのときは、こんなことを書いていましたね。
現場は相変わらず理不尽なこといっぱいです。
怒鳴られる日々。時にはキック、時にはパンチ。
でもテンパってるから全然痛くない 笑 その後精神的に痛いんだけど。
どこ行ってもイジられキャラは変わりません。
怖いディレクターたちから「ネズミ」と呼ばれパシられまくり。
「チュー」って返事しないと怒鳴られるんすよ笑
マジで全員キチガイ。全員死ねばいいのに。ちょっと病んでますね笑
こんなとこ早く辞めて人間に戻りたいと思う毎日。
はっきり言って既に惰性でやってる部分は多いです。
あんな現場じゃ、あんな人間関係じゃモチベーション上がらない。
マスコミの業界は、未だに体育会の世界みたいです。僕の友達には、キー局(フジ、テレ朝等、エラそうなテレビ局)で仕事をしている人もいるから、こんなことは書きたくないけれど、基本的に日本のメディアって、キー局が製作会社の搾取している側面があるんです。そして、キー局は完全に寡占状態なんですよね。
皆さんもご存知のとおり、テレビ局の平均年収ってすごく高いですよね。1500万とか、すごいお金をもらうのです。それに対して、製作会社の人って、基本的に正社員じゃないんです。つまり、極端な話、バイトと一緒。年金も払ってもらえないし、失業保険も少ないし。手当て等も充実していないんです。
ただ、こういう事実って、基本的にメディアからしか僕らは得られないでしょ?でも、こういう事実をテレビなどといったメディアが、本当に報道すると思います?当然、しないわけですよね。(田原総一郎だけがこれを取り上げたことがあると思う。ほかにもいるかもしれないけれど)。
彼みたいに、自分の夢として「笑いをつくる」ということを選択した人間として残された道は何か?わかると思いますが、キー局に入れる人って本の一握りなのです。つまり、ほとんど入ることはできない。
しかも、これはある人から聞いたことなのだけれども(匿名にしておきます。有名なジャーナリスト)、キー局とか広告代理店ってのは、親が有名人がお金持ちでないと、なかなか入れないから、彼みたいに親が「普通の人」であると、それはそれは難しい。
じゃあ、芸人になればいいか。それはそれで難しいのですよね。僕は彼に芸人になってほしかったんだけれども、現実的には難しいですよね。人気商売ってのは、常に一時的でありえるし、そもそもどれだけの下積みをすればいいのか。ほとんどの人が日の目をみないで終わし、そもそも、売れたってたいした儲からないことはわかっているのです。ちょっとの間だけ覚えられ、あっという間に忘れられてしまう芸能人・・・
そんな厳しい現実の中で彼が選んだ選択肢はこの仕事。
さて、もう少し続けましょう。
当初この企画を担当していた先輩ADが病のため突然の戦線離脱。
そのため作業のほとんどを任されました。
鉄板企画でここまで任されたのは、AD生活8ヶ月目にして初めて。
1人のADとしてカウントしてもらえなかった、 悔し過ぎる日々にさようなら。
「ネズミ」はまだまだ卒業できませんけどね笑
きっと今後忘れられない企画になると思います
世の中には、4つの種類の人間がいて、それは「自分の好きなことを仕事にできる人」と「できない人」。そして、「自分のしたことが形になる仕事を持てる人」と「もてない人」がいる。
彼は、幸運にも「自分の好きなことを仕事にして、さらに、形になるもの」を選択できたのです。この文章にあわられているような、なんとも形容しがたい「自信」あるいは「満足」みたいなものは、そういったものを持てた上で、かつ、すごく物事に真剣に打ち込んだ人のみが到達できる領域なのかもしれません。
今の巷で言われていることは、「3年で3割の人間が、そして、5年で5割の人間が職を離れる」ということです。僕は、この数字自体は、すごく健全なことなのだと思っています。そもそも、日本のように「社会と自分との接点」を考える機会が著しく低い社会では、「会社に入る」ということことが、「社会を考えること」と同値であることが多い。
あまり社会について考えたことがない人間が、「やっぱり思っていたものとは違う」と思い、職を変えることは当然のことです。自分のキャリアに対して修正がきくのは、やはり20代だし、そもそも、ひとつの企業に長年勤めるということ自体がよいことなのかどうかも、かなり不明確です。自分の成功に責任があるのは、自分自身です。最後の最後は、常に、自分自身で決断するしかない。
やはり、僕が大切だと思うことは、
「自分が『これがやりたい!』ということを30になるまでにみつけられるかどうか」
ということ。
僕は、これで人間の価値は決まってくると思うのです。そのときにやはり必要なことは、「その夢を職につなげられる専門性」、そして、「その世界でコミュニケーションできる道具」。この二つがあれば、いつか光は見えてくると思うのです。もちろん、僕自身の暫定的な意見でしかありませんが。
さて、最後に、彼が僕に向けて書いた最後の手紙を引用しちゃいましょう。
前は「帰れない」とか「寝れない」とかウダウダ言ってたけど、
今はどうしたら企画がうまく回るかとか、
まだ紙上にしかない作家の企画を、どうしたら面白くできるんだろうとか、
ディレクターは今何してるんだろう、今何考えてるんだろうとかとか、
今までとは全く違った視点を持って現場に臨む自分がいる。
実際に社会に出て、仕事をして、初めて仕事って何か考えた。
今の仕事を辞める前提で、その先の選択肢を自分なりに考えた。
でも他の仕事のことを考えてるうちに、自分の仕事に対する考えが変わってきて。
じゃああと3ヶ月後の自分はどうなってるんだろ?あと1年後は?
せっかく自分で選んで選ばれて進んだ道だし。
そこで自分がこの後どう変わっていくのか純粋に知りたいし。
半年で築いた人間関係が無になるのは惜しいし。
最近の笑いに不満を言いつつも、やっぱりお笑い好きだし、 自分にはお笑いしかないし…
やっぱり女子アナ好きだし、女子アナと仕事したいし…(注:彼は女子アナが大好きw)
そんなこと考えてるうちに、未来の自分に少しだけ期待してみる気になったのね。
あと、10月に入る前に鬼プロデューサーから急に呼び出されてね。
何のフリもなく急すぎたから相当ビビったビビった笑
「番組抜ける気でいるのか? まさか(ネズミの)お前がここまで続くとは思わなかった。今お前は番組に欠かせない戦力。残ってくれ。一緒に番組を盛り上げよう」
ADやる前から尊敬してた偉い人にこんなこと言われて、 辞めるに辞められなくなっちゃてね笑 とは言え仕事とか扱いは全く以前と変わらないから、
すぐに気が変わって明日実家に逃げ出してるかもしれないけどね笑
というわけでもう少しだけAD生活を続けるよ。 「これ以上ここにいても未来がない」と思うまで。
さて、皆さん、どうおもったでしょうか?きっと、「こいつと会って、話がしてみたい」と思った人は多いでしょう?僕の取り上げ方がうまい、という可能性もありそうですがw、やはり、自分のやりたいことを形にしている人って、こういう文章を書くのです。文章がうまい、下手をこえた、なんともいえない説得力。そういったものを皆さんも感じられたんじゃないか、と思います。
自分とは違った能力を持った人間と違った能力をもちあって、新しいことをする。そういった漠然とした願望を僕は持っています。仮にそういった友達を僕自身が築けたとして、僕自身がその友人に貢献できることは、いったい何なのか。今の僕自身、未熟なわけですが、「きっと30までには持っているはずだ」と漠然とでも思い描けることに、僕自身の成長を感じたりもします。
ともかく、○○くん。前々から約束していたライブにいきましょう!その後酒をのみ、募る話をきき・・・
さて、ようやくYOUTUBEに現れました。どうでしょうか? 友達は、「もっと金をかけろよ」といっていますw 僕自身、思い入れがあった曲をアルバムからカットということで、期待していたのですが、なんともがっかり。オリジナルはピアノと声だけなのですが、シングルカットは割と音が多いのです。それがいい感じで曲の持ち味を破壊しておりますw (お、「そもそも、そんなものはねぇよ」という声も聞こえてきましたw)
売るつもりでこういう仕上がりにしたつもりでしょうが(果たして売れるのだろうか?オリコン初登場は41位らいい)、僕としては、いやはや、まったく不満が残る一品です。
さて、話をがらっと変えましょう。上記の曲を楽しみながら、よんでいただければと思います。
最近僕がおもうこと。それは、僕が社会人になることを数年伸ばしたため、「見えなかったもの」がいろいろと見えてきたなぁ、ということです。
大学への入学とは違って、就職ともなると、それぞれがそれぞれの道を歩んでいます。選択肢はそれこそ無限数あるため、親しかった友達がまったく違った生活を送っていたりする。その一つ一つがすごく新鮮で、勉強になることが多々あります。
中には、週120時間以上働いているやつもいます。体力がない僕としては、「よく続くなぁ」と思うと同時に、「本当にこれをこいつは続けられるのか?」といった心配すらすることさえあります。
その中でも、「こいつは!」というやつ。そいつをちょっとだけ紹介しようと思います。
彼と付き合って、どれくらいたつでしょうか。数え切れない時間を彼と過ごしたわけですが、彼は、僕がきっと「親友」と呼び合える数少ない友人の一人といってもよいと思います。
彼は、昔から笑いが好きで、僕は彼から笑いのすべてを学んだといってもいいでしょう。「こうすれば人は笑うんだよ」とか、「この番組のここが新鮮なんだよ」とか。一般的なことから、かなり技術的なことまで幅広く学んだような気がします。
そんな彼とのやり取りの一部を紹介しましょう(しかし、無許可ではあるw)。
思えばあっという間に終わっちまった夏。
今まで経験したことのないプレッシャーの中で戦ってました。
「これが仕事なのか?これが社会人なのか?これも青春なのか? 今の自分カッコイイか?モテるか?」
そんな自問しながらの日々。 マジで死ぬほど忙しかったけど、 きっと減った体重分ぐらいは成長できた一夏でした
さて九月に入り、家に帰るのが今日で五日目という 笑えないギャグみたいな生活が続いて半年以上経ちました。
半年で何か変わったかと言われればNOです。
相変わらず、相変わらずです笑
相変わらずバカだし、相変わらずいろんな意味で小さい。
相変わらず笑いの現場に笑いはないし。 相変わらず名言ですよ笑
彼は、なんと「内村プロディース」をつくったメンバーと一緒に仕事をしているのです。「内P」とは、究極の番組で、「これでボケろ!」と振って、マジで笑いをとるような恐ろしい番組です。
当然製作チームも恐ろしいわけで、事実いろいろな意味で恐ろしいw この文章は9月の末に書かれたわけで、9月で家に帰ったのは5回ですか。その仕事の恐ろしさ。想像することができます。
そんな彼も、昔はこんなことをかいていました。
仕事始めてそろそろ3ヶ月が経ちます。
結構な現場を経験しました。
結構な仕込みをこなしました。
結構な編集につきました。
結構な芸能人に会いました。
それらがどれだけ人生の糧になってるのか果てしなく疑問。
とは言え実際はミスばっか笑 責任感が足りなすぎるんですって。
まだまだ社会人になりきれません。
ってか社会人って何? 今日までに休日は3日だけありました。 オール爆睡でした笑
ここまでくるともはや超人のレベルとさえ感じます。面白いのは、かれは、体力がないことで有名だったのですよね。僕以上に痩せているヤツで、大学時代は、「基本は8時間!」と豪語しているようなキャラでした。
それが6月までに休みは3日。大切なことは、彼の仕事は3月から始まっているのですねw
そのときは、こんなことを書いていましたね。
現場は相変わらず理不尽なこといっぱいです。
怒鳴られる日々。時にはキック、時にはパンチ。
でもテンパってるから全然痛くない 笑 その後精神的に痛いんだけど。
どこ行ってもイジられキャラは変わりません。
怖いディレクターたちから「ネズミ」と呼ばれパシられまくり。
「チュー」って返事しないと怒鳴られるんすよ笑
マジで全員キチガイ。全員死ねばいいのに。ちょっと病んでますね笑
こんなとこ早く辞めて人間に戻りたいと思う毎日。
はっきり言って既に惰性でやってる部分は多いです。
あんな現場じゃ、あんな人間関係じゃモチベーション上がらない。
マスコミの業界は、未だに体育会の世界みたいです。僕の友達には、キー局(フジ、テレ朝等、エラそうなテレビ局)で仕事をしている人もいるから、こんなことは書きたくないけれど、基本的に日本のメディアって、キー局が製作会社の搾取している側面があるんです。そして、キー局は完全に寡占状態なんですよね。
皆さんもご存知のとおり、テレビ局の平均年収ってすごく高いですよね。1500万とか、すごいお金をもらうのです。それに対して、製作会社の人って、基本的に正社員じゃないんです。つまり、極端な話、バイトと一緒。年金も払ってもらえないし、失業保険も少ないし。手当て等も充実していないんです。
ただ、こういう事実って、基本的にメディアからしか僕らは得られないでしょ?でも、こういう事実をテレビなどといったメディアが、本当に報道すると思います?当然、しないわけですよね。(田原総一郎だけがこれを取り上げたことがあると思う。ほかにもいるかもしれないけれど)。
彼みたいに、自分の夢として「笑いをつくる」ということを選択した人間として残された道は何か?わかると思いますが、キー局に入れる人って本の一握りなのです。つまり、ほとんど入ることはできない。
しかも、これはある人から聞いたことなのだけれども(匿名にしておきます。有名なジャーナリスト)、キー局とか広告代理店ってのは、親が有名人がお金持ちでないと、なかなか入れないから、彼みたいに親が「普通の人」であると、それはそれは難しい。
じゃあ、芸人になればいいか。それはそれで難しいのですよね。僕は彼に芸人になってほしかったんだけれども、現実的には難しいですよね。人気商売ってのは、常に一時的でありえるし、そもそもどれだけの下積みをすればいいのか。ほとんどの人が日の目をみないで終わし、そもそも、売れたってたいした儲からないことはわかっているのです。ちょっとの間だけ覚えられ、あっという間に忘れられてしまう芸能人・・・
そんな厳しい現実の中で彼が選んだ選択肢はこの仕事。
さて、もう少し続けましょう。
当初この企画を担当していた先輩ADが病のため突然の戦線離脱。
そのため作業のほとんどを任されました。
鉄板企画でここまで任されたのは、AD生活8ヶ月目にして初めて。
1人のADとしてカウントしてもらえなかった、 悔し過ぎる日々にさようなら。
「ネズミ」はまだまだ卒業できませんけどね笑
きっと今後忘れられない企画になると思います
世の中には、4つの種類の人間がいて、それは「自分の好きなことを仕事にできる人」と「できない人」。そして、「自分のしたことが形になる仕事を持てる人」と「もてない人」がいる。
彼は、幸運にも「自分の好きなことを仕事にして、さらに、形になるもの」を選択できたのです。この文章にあわられているような、なんとも形容しがたい「自信」あるいは「満足」みたいなものは、そういったものを持てた上で、かつ、すごく物事に真剣に打ち込んだ人のみが到達できる領域なのかもしれません。
今の巷で言われていることは、「3年で3割の人間が、そして、5年で5割の人間が職を離れる」ということです。僕は、この数字自体は、すごく健全なことなのだと思っています。そもそも、日本のように「社会と自分との接点」を考える機会が著しく低い社会では、「会社に入る」ということことが、「社会を考えること」と同値であることが多い。
あまり社会について考えたことがない人間が、「やっぱり思っていたものとは違う」と思い、職を変えることは当然のことです。自分のキャリアに対して修正がきくのは、やはり20代だし、そもそも、ひとつの企業に長年勤めるということ自体がよいことなのかどうかも、かなり不明確です。自分の成功に責任があるのは、自分自身です。最後の最後は、常に、自分自身で決断するしかない。
やはり、僕が大切だと思うことは、
「自分が『これがやりたい!』ということを30になるまでにみつけられるかどうか」
ということ。
僕は、これで人間の価値は決まってくると思うのです。そのときにやはり必要なことは、「その夢を職につなげられる専門性」、そして、「その世界でコミュニケーションできる道具」。この二つがあれば、いつか光は見えてくると思うのです。もちろん、僕自身の暫定的な意見でしかありませんが。
さて、最後に、彼が僕に向けて書いた最後の手紙を引用しちゃいましょう。
前は「帰れない」とか「寝れない」とかウダウダ言ってたけど、
今はどうしたら企画がうまく回るかとか、
まだ紙上にしかない作家の企画を、どうしたら面白くできるんだろうとか、
ディレクターは今何してるんだろう、今何考えてるんだろうとかとか、
今までとは全く違った視点を持って現場に臨む自分がいる。
実際に社会に出て、仕事をして、初めて仕事って何か考えた。
今の仕事を辞める前提で、その先の選択肢を自分なりに考えた。
でも他の仕事のことを考えてるうちに、自分の仕事に対する考えが変わってきて。
じゃああと3ヶ月後の自分はどうなってるんだろ?あと1年後は?
せっかく自分で選んで選ばれて進んだ道だし。
そこで自分がこの後どう変わっていくのか純粋に知りたいし。
半年で築いた人間関係が無になるのは惜しいし。
最近の笑いに不満を言いつつも、やっぱりお笑い好きだし、 自分にはお笑いしかないし…
やっぱり女子アナ好きだし、女子アナと仕事したいし…(注:彼は女子アナが大好きw)
そんなこと考えてるうちに、未来の自分に少しだけ期待してみる気になったのね。
あと、10月に入る前に鬼プロデューサーから急に呼び出されてね。
何のフリもなく急すぎたから相当ビビったビビった笑
「番組抜ける気でいるのか? まさか(ネズミの)お前がここまで続くとは思わなかった。今お前は番組に欠かせない戦力。残ってくれ。一緒に番組を盛り上げよう」
ADやる前から尊敬してた偉い人にこんなこと言われて、 辞めるに辞められなくなっちゃてね笑 とは言え仕事とか扱いは全く以前と変わらないから、
すぐに気が変わって明日実家に逃げ出してるかもしれないけどね笑
というわけでもう少しだけAD生活を続けるよ。 「これ以上ここにいても未来がない」と思うまで。
さて、皆さん、どうおもったでしょうか?きっと、「こいつと会って、話がしてみたい」と思った人は多いでしょう?僕の取り上げ方がうまい、という可能性もありそうですがw、やはり、自分のやりたいことを形にしている人って、こういう文章を書くのです。文章がうまい、下手をこえた、なんともいえない説得力。そういったものを皆さんも感じられたんじゃないか、と思います。
自分とは違った能力を持った人間と違った能力をもちあって、新しいことをする。そういった漠然とした願望を僕は持っています。仮にそういった友達を僕自身が築けたとして、僕自身がその友人に貢献できることは、いったい何なのか。今の僕自身、未熟なわけですが、「きっと30までには持っているはずだ」と漠然とでも思い描けることに、僕自身の成長を感じたりもします。
ともかく、○○くん。前々から約束していたライブにいきましょう!その後酒をのみ、募る話をきき・・・

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