最高の体験
さて、ここトロントでの生活も4ヶ月を超えました。短いながらもいろいろな経験をしたわけです。
その中でももっとも貴重だった体験をここに赤裸々と書こうと思います。はっきりいって、僕の短い人生の中で、ここまで感動をしたことはなかったかもしれません。ここまで個人的な体験をありのまま語ることに少しためらいがあります。ただ、この体験そのままかっぽりとカプセルの中にしまって、二度と忘れないようにしたい。そして、こんなすばらしい体験を僕だけにとどめておくのはもったいない。
そう思うので、嘘偽りなく、今回は、ありのまま僕の感じたこと書こうと思います。 今回の日記は、今までの中で、もっとも僕自身について正直に書くことになると思います。
さて、今、僕はカナダにいます。僕の家は、ちょうどドラマの「フレンズ」みたいに多くの人で一つの家をシェアをしています。今、僕の家にいるのは、僕を除いて、ブラジル人一人、あとは、カナダ人が5人ほどいます。 一つ前の家では、ドイツ人、チリ人、アルゼンチン人、コロンビア人、メキシコ人とシェアをしていたのですが、そんな生活ともお別れをし、今はほとんどカナダ人という環境にいるわけなのです。
その中の一人のカナダ人。この女性の名前はM(匿名にしておきます)という女性です。この女性、なんとハーバード大学を主席で卒業したのですね。僕の感動とは、彼女との会話からきたものです。
そもそもなんで彼女が今この家にいるのか。そもそも彼女は普通はNYに住んでいます。ハーバードを卒業した後、リサーチ系の会社に就職した彼女は、この休みを機会に、カナダに帰ってきたわけです。彼女と僕の家のホストペアレントは、彼女が5歳のころから関係があるかなり密接な関係。そんなことから、この短いカナダへの帰省の間、僕の家に滞在しているわけです。(彼女は僕の隣の部屋で今寝ています)。
さて、そんな彼女との会話の内容とは何か。それは、ほとんど僕の人生相談、あるいは、キャリア相談といっても良いものです。
そもそも、僕が英語を話すときは、「どういった質問をすれば、相手から効果的な返答を得られるだろう」という発想を常に持っています。日本語と違って、外国語で話をリードするのはかなり大変です。英語を外国語で話す人との会話なら問題はありませんが、ネイティブスピーカーとの会話をリードしようと思うと、かなりの力量が必要です。
そのようなかぎられた英語力の中から、僕が見出したものは、「効果的な質問をし、ネイティブスピーカーに話をリードさせる」ということです。こういった理由から、僕はネイティブスピーカーとの会話の中で質問をどんどんしてきます。
もちろん彼女の場合も、例外ではなく、「なんでハーバードを選んだの?」とか、「ハーバードの学生はどう?雰囲気はどう?」といったようなシンプルな質問から、「なんで教育学(彼女の専門は教育学)を専門に選んだの?」、「教育学において、統計的な発想はどれくらいするの?」とか、根こそぎ聞いていきます。
前も書いたようにハーバードとは恐ろしいほど高い大学です。彼女は、MA(1年)をハーバードでとり、そのための授業料はなんと約30,000USドル程度。つまり、一年の授業料は300万円から350万円くらいです。それ以外にも、彼女の場合、生活費、本代等に、年間15,000USから20,000ドルかかったそうです。つまり、日本円にして、約500万円ほどの学費が、単に一年の経費としてかかったそうです。
彼女は、学部を終えた後、3年間教師として従事。2年間カナダで、1年間メキシコで。その間、ハーバードに受験をし、見事、ハーバードへの切符を得たのですね。
「ハーバードからの合格通知が来たとき、それはもう、胸がいっぱいだったわ。あのハーバード。こんなすごい大学で勉強できるなんて・・・でも、そのあとに気づいたの。この大学の授業料が恐ろしく高いことにね。もらえるだけのスカラシップを貰っても、まだ足らない。親からの援助もしてもらって、やっとお金をかき集めたわ」
彼女は、ハーバードでの体験を僕にこんな風に語りました。
「ハーバードでの体験。それは、すばらしかったわ。何事にも変えられない体験。毎日、本を2~3冊読んだわ。タスクは本当に多くて・・・でも、すべての分野に最高の人々がいるの。数名な本を書いた教授と議論することもできたし、多くの国の首相、閣僚が私の大学を訪れる。なによりもすばらしいのは、クラスメート。多くのクラスメートは、今後、この社会を担っていくような人々ばっかりだったわ。今も彼らとの関係は続いていて、今後とも関係は続いていくはず。それはきっとかけがえのないもの。そう思わない?」
そんな厳しい激戦の中、彼女は勝ち抜いたわけですね。彼女の成績は、オールA。大学の卒業式の答辞は彼女が読んだそうです。実は、ここまで話していなかったけれど、彼女は黒人です。僕は黒人に対する偏見はゼロだけれども、アメリカ人は、当然違うわけですよね。アメリカという社会で黒人が上に上がっていくのは、相当大変なはずです。そんな環境の中で、彼女は勝ちぬいたのです。
ある程度、彼女の学生時代の体験に関する質問をしたあと、僕は僕自身の悩み、弱み、問題点を正直に語りました。 普通はこういうことを話さないの僕だけれども、彼女にはこういった質問をしてもかまわない。そういった空気を感じ取ったのです。英語をしゃべっていたことがそれを助けた、という側面もあるかもしれません。
「僕はここカナダで、今4ヶ月ほど生活をして、あと残された時間は、1ヶ月あるかないか。そんな中で、僕は僕自身のどこが問題で、どんな問題を解決していかなければいけないのか。そんなあいまいなものに、少しずつ、くっきりと輪郭がついてきたんです。
いくらいやだといっても、あと一ヵ月後には僕は日本に帰国して、仕事を探さなければいけない。ここと日本が決定的に違うのは、日本と国は、試行錯誤に対して肝要じゃないんです。もっといえば、失敗者に冷たい国。
僕が今わかっていることは、日本という社会において、ファーストキャリアはすごく大切で、これを失敗すると僕の人生において大きな影響がある。そんな大きな問題の前に、僕は足がすくんで、動けなくなっているのかもしれない」
彼女は、
「それは大変ね。私がファーストステップを選んだときは、『なんとなく』、選んだわ。なぜかっていうと、自分のキャリアなんて、すぐに変えられるんですもの。私たちは、会社はすぐに首を切ることはわかっているし、私たちも良い条件があればすぐに会社を変えることはわかっている。私たちは、『なんとなく』ファーストキャリアを選べるの』
とつぶやいた後、僕にこう問いかけました。
「想像してみて。あなたが今後の人生を歩み、そして、死んだとする。きっと、お葬式にあなたの親友なりが『あなたはどういう人だったか』という説明をするのだと思う。あなたは、どんな風に説明されたい?」
あたまをガツンと叩かれたような鈍い感覚を僕の頭の奥に感じました。質問の意図を探りながらも、正直に答えようとあがく感じ。突然の質問に戸惑っている僕を背にして、彼女は、こう漏らしました。
「問題なのは、人生は、なにか成し遂げるには短すぎるってことね。」
そのときの僕は、完全にエヴァンゲリオンの碇シンジくんみたいな状況に陥っていってしまい(なんて貧困な日本語だろう・・・)、
「僕なんて全然ダメなんだ。頭も悪いし、三歩歩けば、皆忘れるんだ(これはいいすぎか?)。僕の人生なんて凡庸で、つまらなく、・・・云々」
と、叫びたい気持ちで満たされました。
「何をやるべきで、何をしなければいけないのか。あなたは、すでにそれをしっているはずだし、もし知らないとしたら、見つけなければいけない。そして、そういったものがみつかったとしたら、その気持ちに素直になることね。」
彼女は自分に語りかけるように話を始めました。
「あなたは、まず日本語が話せるでしょ。そして、よい英語が話せる。あなたには、ビジネス、ファイナンスを学位がある。これだけあれば、十分カナダでも通用するわ」
「もし、日本企業のカナダ支店にアプライすれば、いくつかオファーがもらえるかもしれない。あるいは、カナダの銀行に複数アプライすれば、一個くらいはもらえるかもしれない。」
すこし前向きな気持ちになった僕がこう答えると、
「そうそう。その調子よ。大切なことは、そういったあなた自身の能力、あるいは、興味。そういったちりばめられたものの一つ一つを束ねる『何か』がきっとあなたの中にあるはず。そういったものは、あなたのバックグランドとも重なってくるはずだわ。あなたの両親がいったいどんなことをしているのか。あなたの友達はどんなことをしているのか。 あなたがどんな町で育ったのか。一つのものを違った角度から見ているに過ぎないの。同じものを横から見るのと上から見るのでは、印象が違うでしょう?」
彼女は一呼吸おき、薄暗い部屋のなかで、くっきりとこういいました。
「私には、わかっている。あなたがこういうものをみつけられるって。そして、それはあなたにもわかっているはずだわ。もし、それがどんなものなのかわかったとしたならば、あなたが何をしなければならないのかでさえ・・・」
女性から、こんなことを言われたことが初めてな僕は、やや戸惑いながらも、何かが切り開かれていくような感じで、こう答えました。
「I think i can do it 」
彼女は、きこえるか聞こえないかわからないほど小さな声で、そして、それにもかかわらず、なににまさるほどもなくはっきりした意味合いをもって、 こう僕をたしなめたのです。
「You should say " i can do it" 」
ご存知のように、この会話は英語でなされています。ですから、彼女の言っていることが聞き取れないことも、正直、ありました(95%以上はわかったけれども)。会話自体は、一時間程度だったはずですが、丸一日話したかのような、濃密の濃い一時間。ここに書かれていることは、その会話の一部に過ぎません。
彼女は今、リサーチ会社で働いているのですが、来年からは、スタンフォードかハーバードのドクターに進学するそうです(つまり、今はアプライをしているだけ。ただ、絶対に落ちないことは、彼女も僕もわかっているのです)。彼女が、スタンフォードを希望しているとつぶやいたとき、僕ははっとしました。それは、もちろん、スタンフォードという大学が、スティーブジョブズの「点と点を結ぶ」という話を思い出させるからですね。
はっきりいって、今の僕は、本当に自分に対して自信がないのです。「なんて僕は頭が悪いのだろう。ダメダメなのだろう」と、毎晩のようにして悩むわけです。
ただ、僕は気づいたのです。僕が24年間、生きてきた中で、小さいながらも、自分にとっては重い決断をいくつかしてきた。そのとき、その瞬間は、すごく恐ろしくて、ときには、すくみあがってしまうようなこともあったわけです。
ただ、そのときの僕は、「この決断が、やがて僕自身の明るい未来に向けて大きな糧になる」ということが、すごく明確な形でわかっていたのですね。事実、もし、僕がその時々で違った決断をしていたとすれば、彼女との会話、出会いはなかったわけで、もっといえば、僕自身の人生の輝きを失っていたかもしれない、といっても言い過ぎることはないわけです。そして、大切なことは、僕は彼女との出会いのような、「かけがえのない」、あるいは、「奇跡ともおもえるような」出会いを、僕自身、「定期的」に感じざるを得ないのです。
僕が今言えることは、「人間、今、自分が正しいとおもっていることしかできない」ということです。そういった限られた選択肢の中でなされてきた決断が、もしあなたが、「あの時の決断がなければ、今の僕はなかった」と思えるとすれば、こうあるにちがいなにのですね。つまり、あなたは、あなたの限られた力の中で、ベストをつくしてきたからにちがいないから、と。もっといえば、そういう人々は、かりに違った決断をしたとしても、「新たなかけがえのない経験」を築いていけるにちがいないと。
あなたが確認できることは、「今」の自分、そして、「過去」の自分。それらを用いながら、真っ暗な「未来」を照らしていかないといけないのです。一度、足を踏み入れてしまったら、もう戻ることはできない。その一歩は、あなたに光をもたらすかもしれないし、悲劇を振りかざすかもしれません。
それに変わらず、絶え間ない感動を世界から、社会から、そして、人間から感じられるとすれば、それはいったい何なのだろうか。僕は、それは、あなたがその瞬間瞬間で、「あなたなりのベスト」を尽くしてきたからに違いないと、信じているのです。そう信じざるを得ない「何か」を感じざるを得ないのです。
女の人から連絡先を聞くのが苦手な僕も、さすがに彼女の連絡先を聞きました。彼女は明日、NYへと帰ってしまうのです。
" Could I possibly get your email address ? "
という、僕が使える限りで、最高級の丁寧語を恥ずかしながら使い、
" No "
というアメリカンジョークを加えながら、彼女は僕に連絡先をくれました。
僕が今感じていることは、この短い会話を一つの小説にできたら、ということです。はっきり言ってこの体験は、小説を超えている。もちろん、僕の稚拙な文章力でまとまった作品を書くことは不能ですが、コンテンツはかなり自信があります。(ここにかかれていないような会話はもちろんあるのです。40~50ページくらいにまとめられるはず)
恋愛ではないので、「Before sunrise」、「Before sunset」とは違いますが、似たようなコンセプトで何かかけるかもしれない。そう強く僕は思います。
さて、長くなりました。ここまで読んでくれた人に心からお礼を言いたいです。ありがとう。この日記があなたにとって何らかの糧になることを長いつつ、新しい年を迎えようと思います。
その中でももっとも貴重だった体験をここに赤裸々と書こうと思います。はっきりいって、僕の短い人生の中で、ここまで感動をしたことはなかったかもしれません。ここまで個人的な体験をありのまま語ることに少しためらいがあります。ただ、この体験そのままかっぽりとカプセルの中にしまって、二度と忘れないようにしたい。そして、こんなすばらしい体験を僕だけにとどめておくのはもったいない。
そう思うので、嘘偽りなく、今回は、ありのまま僕の感じたこと書こうと思います。 今回の日記は、今までの中で、もっとも僕自身について正直に書くことになると思います。
さて、今、僕はカナダにいます。僕の家は、ちょうどドラマの「フレンズ」みたいに多くの人で一つの家をシェアをしています。今、僕の家にいるのは、僕を除いて、ブラジル人一人、あとは、カナダ人が5人ほどいます。 一つ前の家では、ドイツ人、チリ人、アルゼンチン人、コロンビア人、メキシコ人とシェアをしていたのですが、そんな生活ともお別れをし、今はほとんどカナダ人という環境にいるわけなのです。
その中の一人のカナダ人。この女性の名前はM(匿名にしておきます)という女性です。この女性、なんとハーバード大学を主席で卒業したのですね。僕の感動とは、彼女との会話からきたものです。
そもそもなんで彼女が今この家にいるのか。そもそも彼女は普通はNYに住んでいます。ハーバードを卒業した後、リサーチ系の会社に就職した彼女は、この休みを機会に、カナダに帰ってきたわけです。彼女と僕の家のホストペアレントは、彼女が5歳のころから関係があるかなり密接な関係。そんなことから、この短いカナダへの帰省の間、僕の家に滞在しているわけです。(彼女は僕の隣の部屋で今寝ています)。
さて、そんな彼女との会話の内容とは何か。それは、ほとんど僕の人生相談、あるいは、キャリア相談といっても良いものです。
そもそも、僕が英語を話すときは、「どういった質問をすれば、相手から効果的な返答を得られるだろう」という発想を常に持っています。日本語と違って、外国語で話をリードするのはかなり大変です。英語を外国語で話す人との会話なら問題はありませんが、ネイティブスピーカーとの会話をリードしようと思うと、かなりの力量が必要です。
そのようなかぎられた英語力の中から、僕が見出したものは、「効果的な質問をし、ネイティブスピーカーに話をリードさせる」ということです。こういった理由から、僕はネイティブスピーカーとの会話の中で質問をどんどんしてきます。
もちろん彼女の場合も、例外ではなく、「なんでハーバードを選んだの?」とか、「ハーバードの学生はどう?雰囲気はどう?」といったようなシンプルな質問から、「なんで教育学(彼女の専門は教育学)を専門に選んだの?」、「教育学において、統計的な発想はどれくらいするの?」とか、根こそぎ聞いていきます。
前も書いたようにハーバードとは恐ろしいほど高い大学です。彼女は、MA(1年)をハーバードでとり、そのための授業料はなんと約30,000USドル程度。つまり、一年の授業料は300万円から350万円くらいです。それ以外にも、彼女の場合、生活費、本代等に、年間15,000USから20,000ドルかかったそうです。つまり、日本円にして、約500万円ほどの学費が、単に一年の経費としてかかったそうです。
彼女は、学部を終えた後、3年間教師として従事。2年間カナダで、1年間メキシコで。その間、ハーバードに受験をし、見事、ハーバードへの切符を得たのですね。
「ハーバードからの合格通知が来たとき、それはもう、胸がいっぱいだったわ。あのハーバード。こんなすごい大学で勉強できるなんて・・・でも、そのあとに気づいたの。この大学の授業料が恐ろしく高いことにね。もらえるだけのスカラシップを貰っても、まだ足らない。親からの援助もしてもらって、やっとお金をかき集めたわ」
彼女は、ハーバードでの体験を僕にこんな風に語りました。
「ハーバードでの体験。それは、すばらしかったわ。何事にも変えられない体験。毎日、本を2~3冊読んだわ。タスクは本当に多くて・・・でも、すべての分野に最高の人々がいるの。数名な本を書いた教授と議論することもできたし、多くの国の首相、閣僚が私の大学を訪れる。なによりもすばらしいのは、クラスメート。多くのクラスメートは、今後、この社会を担っていくような人々ばっかりだったわ。今も彼らとの関係は続いていて、今後とも関係は続いていくはず。それはきっとかけがえのないもの。そう思わない?」
そんな厳しい激戦の中、彼女は勝ち抜いたわけですね。彼女の成績は、オールA。大学の卒業式の答辞は彼女が読んだそうです。実は、ここまで話していなかったけれど、彼女は黒人です。僕は黒人に対する偏見はゼロだけれども、アメリカ人は、当然違うわけですよね。アメリカという社会で黒人が上に上がっていくのは、相当大変なはずです。そんな環境の中で、彼女は勝ちぬいたのです。
ある程度、彼女の学生時代の体験に関する質問をしたあと、僕は僕自身の悩み、弱み、問題点を正直に語りました。 普通はこういうことを話さないの僕だけれども、彼女にはこういった質問をしてもかまわない。そういった空気を感じ取ったのです。英語をしゃべっていたことがそれを助けた、という側面もあるかもしれません。
「僕はここカナダで、今4ヶ月ほど生活をして、あと残された時間は、1ヶ月あるかないか。そんな中で、僕は僕自身のどこが問題で、どんな問題を解決していかなければいけないのか。そんなあいまいなものに、少しずつ、くっきりと輪郭がついてきたんです。
いくらいやだといっても、あと一ヵ月後には僕は日本に帰国して、仕事を探さなければいけない。ここと日本が決定的に違うのは、日本と国は、試行錯誤に対して肝要じゃないんです。もっといえば、失敗者に冷たい国。
僕が今わかっていることは、日本という社会において、ファーストキャリアはすごく大切で、これを失敗すると僕の人生において大きな影響がある。そんな大きな問題の前に、僕は足がすくんで、動けなくなっているのかもしれない」
彼女は、
「それは大変ね。私がファーストステップを選んだときは、『なんとなく』、選んだわ。なぜかっていうと、自分のキャリアなんて、すぐに変えられるんですもの。私たちは、会社はすぐに首を切ることはわかっているし、私たちも良い条件があればすぐに会社を変えることはわかっている。私たちは、『なんとなく』ファーストキャリアを選べるの』
とつぶやいた後、僕にこう問いかけました。
「想像してみて。あなたが今後の人生を歩み、そして、死んだとする。きっと、お葬式にあなたの親友なりが『あなたはどういう人だったか』という説明をするのだと思う。あなたは、どんな風に説明されたい?」
あたまをガツンと叩かれたような鈍い感覚を僕の頭の奥に感じました。質問の意図を探りながらも、正直に答えようとあがく感じ。突然の質問に戸惑っている僕を背にして、彼女は、こう漏らしました。
「問題なのは、人生は、なにか成し遂げるには短すぎるってことね。」
そのときの僕は、完全にエヴァンゲリオンの碇シンジくんみたいな状況に陥っていってしまい(なんて貧困な日本語だろう・・・)、
「僕なんて全然ダメなんだ。頭も悪いし、三歩歩けば、皆忘れるんだ(これはいいすぎか?)。僕の人生なんて凡庸で、つまらなく、・・・云々」
と、叫びたい気持ちで満たされました。
「何をやるべきで、何をしなければいけないのか。あなたは、すでにそれをしっているはずだし、もし知らないとしたら、見つけなければいけない。そして、そういったものがみつかったとしたら、その気持ちに素直になることね。」
彼女は自分に語りかけるように話を始めました。
「あなたは、まず日本語が話せるでしょ。そして、よい英語が話せる。あなたには、ビジネス、ファイナンスを学位がある。これだけあれば、十分カナダでも通用するわ」
「もし、日本企業のカナダ支店にアプライすれば、いくつかオファーがもらえるかもしれない。あるいは、カナダの銀行に複数アプライすれば、一個くらいはもらえるかもしれない。」
すこし前向きな気持ちになった僕がこう答えると、
「そうそう。その調子よ。大切なことは、そういったあなた自身の能力、あるいは、興味。そういったちりばめられたものの一つ一つを束ねる『何か』がきっとあなたの中にあるはず。そういったものは、あなたのバックグランドとも重なってくるはずだわ。あなたの両親がいったいどんなことをしているのか。あなたの友達はどんなことをしているのか。 あなたがどんな町で育ったのか。一つのものを違った角度から見ているに過ぎないの。同じものを横から見るのと上から見るのでは、印象が違うでしょう?」
彼女は一呼吸おき、薄暗い部屋のなかで、くっきりとこういいました。
「私には、わかっている。あなたがこういうものをみつけられるって。そして、それはあなたにもわかっているはずだわ。もし、それがどんなものなのかわかったとしたならば、あなたが何をしなければならないのかでさえ・・・」
女性から、こんなことを言われたことが初めてな僕は、やや戸惑いながらも、何かが切り開かれていくような感じで、こう答えました。
「I think i can do it 」
彼女は、きこえるか聞こえないかわからないほど小さな声で、そして、それにもかかわらず、なににまさるほどもなくはっきりした意味合いをもって、 こう僕をたしなめたのです。
「You should say " i can do it" 」
ご存知のように、この会話は英語でなされています。ですから、彼女の言っていることが聞き取れないことも、正直、ありました(95%以上はわかったけれども)。会話自体は、一時間程度だったはずですが、丸一日話したかのような、濃密の濃い一時間。ここに書かれていることは、その会話の一部に過ぎません。
彼女は今、リサーチ会社で働いているのですが、来年からは、スタンフォードかハーバードのドクターに進学するそうです(つまり、今はアプライをしているだけ。ただ、絶対に落ちないことは、彼女も僕もわかっているのです)。彼女が、スタンフォードを希望しているとつぶやいたとき、僕ははっとしました。それは、もちろん、スタンフォードという大学が、スティーブジョブズの「点と点を結ぶ」という話を思い出させるからですね。
はっきりいって、今の僕は、本当に自分に対して自信がないのです。「なんて僕は頭が悪いのだろう。ダメダメなのだろう」と、毎晩のようにして悩むわけです。
ただ、僕は気づいたのです。僕が24年間、生きてきた中で、小さいながらも、自分にとっては重い決断をいくつかしてきた。そのとき、その瞬間は、すごく恐ろしくて、ときには、すくみあがってしまうようなこともあったわけです。
ただ、そのときの僕は、「この決断が、やがて僕自身の明るい未来に向けて大きな糧になる」ということが、すごく明確な形でわかっていたのですね。事実、もし、僕がその時々で違った決断をしていたとすれば、彼女との会話、出会いはなかったわけで、もっといえば、僕自身の人生の輝きを失っていたかもしれない、といっても言い過ぎることはないわけです。そして、大切なことは、僕は彼女との出会いのような、「かけがえのない」、あるいは、「奇跡ともおもえるような」出会いを、僕自身、「定期的」に感じざるを得ないのです。
僕が今言えることは、「人間、今、自分が正しいとおもっていることしかできない」ということです。そういった限られた選択肢の中でなされてきた決断が、もしあなたが、「あの時の決断がなければ、今の僕はなかった」と思えるとすれば、こうあるにちがいなにのですね。つまり、あなたは、あなたの限られた力の中で、ベストをつくしてきたからにちがいないから、と。もっといえば、そういう人々は、かりに違った決断をしたとしても、「新たなかけがえのない経験」を築いていけるにちがいないと。
あなたが確認できることは、「今」の自分、そして、「過去」の自分。それらを用いながら、真っ暗な「未来」を照らしていかないといけないのです。一度、足を踏み入れてしまったら、もう戻ることはできない。その一歩は、あなたに光をもたらすかもしれないし、悲劇を振りかざすかもしれません。
それに変わらず、絶え間ない感動を世界から、社会から、そして、人間から感じられるとすれば、それはいったい何なのだろうか。僕は、それは、あなたがその瞬間瞬間で、「あなたなりのベスト」を尽くしてきたからに違いないと、信じているのです。そう信じざるを得ない「何か」を感じざるを得ないのです。
女の人から連絡先を聞くのが苦手な僕も、さすがに彼女の連絡先を聞きました。彼女は明日、NYへと帰ってしまうのです。
" Could I possibly get your email address ? "
という、僕が使える限りで、最高級の丁寧語を恥ずかしながら使い、
" No "
というアメリカンジョークを加えながら、彼女は僕に連絡先をくれました。
僕が今感じていることは、この短い会話を一つの小説にできたら、ということです。はっきり言ってこの体験は、小説を超えている。もちろん、僕の稚拙な文章力でまとまった作品を書くことは不能ですが、コンテンツはかなり自信があります。(ここにかかれていないような会話はもちろんあるのです。40~50ページくらいにまとめられるはず)
恋愛ではないので、「Before sunrise」、「Before sunset」とは違いますが、似たようなコンセプトで何かかけるかもしれない。そう強く僕は思います。
さて、長くなりました。ここまで読んでくれた人に心からお礼を言いたいです。ありがとう。この日記があなたにとって何らかの糧になることを長いつつ、新しい年を迎えようと思います。

0 Comments:
Post a Comment
<< Home